コラム

あんみつと大仏

湯島へ行った帰り、道を探しながら歩いているうちに、そうだ、あそこへ寄ってみようと思い立った。若いとき、夏休みにアルバイトをしていた店で、今も営業していると知って、機会があったらいつか訪ねてみようと思っていたのだ。あらため・・・

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一生を棒に振る

ホトトギス社に勤めているという女の人から前に名刺をもらったことがあったなと思って、名刺の束をひとしきり探してみたが、出てこなかった。ホトトギスといえば、正岡子規、高濱虚子から今に続く俳句雑誌で、夏目漱石が明治38年に『吾・・・

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それを猟師が鉄砲でうってさ

最近本で読んで、人に話さずにいられない面白い話がある。栃木県足利郡吾妻村の龍光院というお寺に、古くから貨狄(カテキ)様と名付けられた木像があって信仰を集めていたそうだ。もともとは村の清右衛門という者の家にあったのを寺に納・・・

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仮面の酷薄

イスラム圏では、女性たちが顔を隠していたベールを外しつつあるというのに、日本ではマスクをして顔を隠す女性が増えているのはどうしたことだろう。ある日、電車に乗って、向かいの席の乗客を見たらほとんどの女性がマスクをしていたの・・・

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下駄屋の主人

一枚の絵に強く引き付けられた。重松鶴之助という作者の「閑々亭肖像」という絵である。黄色の着物を着て藍色の帯を締めた、どうということのない和服姿の中年男を斜め前から描いている。小林秀雄に今一番の評論家だと言われ、芸術新潮に・・・

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トランプとピケティの関係

武力や富による支配には命がけで抵抗する世界の人たちが、知による支配にはなぜ反発しないのか常々不思議に思ってきた。その理由としては、まずほとんどの人が子どものうちから学校で知による選別を徹底的にたたきこまれ、知による階層化・・・

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思い出の歌声喫茶

矢切の渡しのこちら岸は葛飾柴又だが、向こう岸は千葉の松戸だということを初めて知った。松戸に講演で行った折、夜の懇親会の席でのこと。古い世代で『矢切の渡し』といえば、大ヒットした歌謡曲の曲名である。細川たかしの「連れて逃げ・・・

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センチメンタル・ジャーニー

確かこの倉庫が立っているあたりに、あのころは土俵があった。田舎に帰ったついでに、昔住んでいたあたりにみんなで行ってみようということになり、車を飛ばして来てみたのだ。今は市町村合併で地名も変わり、家ももちろん建て替えられて・・・

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大いなる謎

自然界に雄と雌があるのはなぜか。ほんとうのところは理由がよくわかっていないと知って驚いた。雄と雌があるのは、ほとんど当然のこととして疑問に思うことがなかったからである。しかし、自然界には雄と雌の区別がない無性生物も多く存・・・

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誰よりも世俗的な日本人

価値観とは、人が何に価値を認めるかということだが、世界の人々を対象に行われる「世界価値観調査」というのがある。2005年に行われたアンケート調査の結果を見ると今更ながら驚く。 調査では、世界80カ国以上の人々に対して、次・・・

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トイレの話

このところぐずついた天気のわりに、なかなかどーんという雨が降らず、東京の水がめが干上がりつつあると聞くと、責任者でもないのに、いささか心配になる。昔、沖縄の那覇にいたころ、一度だけ水不足を経験した。といっても、覚えている・・・

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水に落ちた犬

 現代は異常な時代である。といっても、そんなことはもうみんな知っているよといわれそうだが。私が思う現代の異常は、私たちの周りにあふれ返るおびただしい数の写真や画像である。人類の歴史に初めて写真が登場したのは、1826年で・・・

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過去こそが大事

湯布院の森号に乗って友人たちと湯布院に向かう途中、日田を通る。日田にはむかしタモリがいてボウリング場の支配人をしていたんだという話をする。タモリは、それまで博多で生命保険の勧誘の仕事をしていたが、口が立つのが災いしてなか・・・

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身の上相談

この世で一番恐ろしいものは何か。大地震? 津波?いやいや、大地震や津波よりも恐ろしく、人の営みを根こそぎ奪い尽くしていくもの。それは時代の変化である。 岩波文庫で出ている森鴎外の『渋江抽斎』が読みたくなり、高田馬場の芳林・・・

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家族にいったい何があるのだろう

カンボジアの首都プノンペンに去年行ったときには、日本のうどん屋は一軒しかなかったが、今年は大手の丸亀製麺をはじめ十軒近くに増えていて、さながらうどん戦争の様相を呈していた。 そのカンボジアで聞いた話。カンボジアの人たちは・・・

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ヒビの効用

子どもの頃、大鵬と握手をしたり、王や長嶋と一緒に写っている写真を持っている子がいたら、もうそれだけで、羨望を通り越して、一目も二目も置かれる存在だったろうと思う。私の周りにはそんな子はいなくて、せいぜいが雑誌か何かの抽選・・・

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久くん、待ちにし

クリスマスが近づいて、クリスマスソングが聞こえてくる頃になると、前にも話したことがあるかもしれないけど、と断りつつ、いつも誰かに切り出す話がある。 あれは、中学に進んで初めてのクリスマスの時だった。親元を離れ、寮や下宿に・・・

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戦争と人間

日本で戦争に反対する人が多いのは、その方が一般にウケがいいからである。空気が一変して、ウケるどころか非国民呼ばわりされるような社会になれば、きっと戦争に反対する人はほとんどいなくなるに違いない。 テレビのスポーツ中継を見・・・

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いいこと思いついた

役所などに行くと机の上に積み上げられた書類の高さに驚かされることがあるが、今までで一番ドギモを抜かれたのは、作家の大城立裕氏を職場に訪ねたときだ。記憶をたどってみると、今から36年前で、そのころの大城氏の年譜に沖縄資料編・・・

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結婚の条件

嫁を探しているがどこかにいい人がいないだろうかと聞かれたので、よしておけばよかったのだが、酒が入っていたせいもあって、「日本中どこを探しても、もういい人なんかいるわけがない、結婚は今の時代にはもう成立しなくなっているんで・・・

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ビルマの事々

7月の終わりに5日間の予定でミャンマーの古都ピーに出張した帰り。ピーからヤンゴンへと続く道路の両側は前日から降り続いた激しい雨のせいで川のようになっていた。そこに軒を連ねている商店や家々も水につかって、なすすべもなく立ち・・・

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日本軍の戦法

自分がもし大正時代に生まれて、徴兵され、招集されて旧日本軍の兵士となり、南方の戦地に送られていたらどうなっていただろうと想像するのは苦しい。結末がわかっているからである。 当時の兵隊たちは、自分たちの行く手にどんな運命が・・・

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時代閉塞の現状

石川啄木の歌集をよく読んでいた小学生のころ、私は石川啄木に強いあこがれを抱いた。啄木のような詩人になって20代で夭折する。極貧の中で肺病で死ぬ。なんと素敵な生き方だろうと子供心に思ったものだった。20代の半ばに沖縄に渡っ・・・

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悩みごとの神様

もう15年ほど前になるが、“金儲けの神様”といわれた作家の邱永漢先生と同じ会で講演をする機会があった。小説も金儲けのノウハウ本も一度も読んだことはなかったが、子供のころは本屋に行くと、カッパブックスのどういうタイトルだっ・・・

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寄席の話

若いころ悪友のKと一緒に池袋の寄席に落語を聞きに行った。食べ物の話が出てきて、「もりそばを食う時は、ギョクの一つも頼んで、そばの上からからめて、つゆを付けてささっとすする」という。「そうか、卵のことはギョクというんだ。こ・・・

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選択しない幸福

古代ギリシアのアテネでは、公職はある時から選挙ではなく抽選になったという。これは政治権力の独占を防ぐためだった。選挙になると、公職に強い動機を持つ者が立候補して、その中から選ぶしかなくなるが、そもそも公職に強い動機を持つ・・・

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戦争が廊下の奥に立ってゐた

昭和14年の『昭和俳句作品年表(戦前・戦中篇)』の頁に、渡辺白泉のこの標題の句が載っているのを見つけて、白泉はこれで特高に引っ張られたんだったっけなどと思いながら、パラパラめくっていたら種田山頭火の句も同じ年に載っていた・・・

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難有う

少し前の新聞に、夏目漱石の手紙が見つかったという記事が出ていた。自分の講演を英訳して送ってくれた学生へのお礼状で、新聞記事には「難有う」と書いてあったので、えっと思ったが、漢籍に詳しい漱石のことだから、間違うはずがないと・・・

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一般大衆諸君

大衆文化にどっぷりとつかった人を大衆というとすれば(というより大衆というんだが)、私は紛れもなく大衆である。というのも、モーツァルトやベートーヴェンを聞いても、ほとんど涙を流すことはないのに、テレビの『全日本歌唱力選手権・・・

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訴訟社会のオキテ

  ここ10年ぐらいで一番、目から鱗の出来事があったとすれば、それは、仕事のためにコミュニケーションがあるのではなく、コミュニケーションのために仕事があるとわかったことだ。といっても、恥ずかしながら、自分で悟ったのではな・・・

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