コラム

段ボールの箱、カマボコの板

第二次世界大戦中のフランスを舞台に、ドイツ軍に捕らわれたパルチザンの男たちが一人一人刑場に引かれていく。そんな不条理劇の脚本を書いて、高校演劇コンクールに出場したことがあった。受験を控えていた演劇部の上級生たちはほとんど浪人を覚悟し、集まってきた下級生たちの中には、その後高校をドロップアウトして演劇の道に進んだ者も一人ならずいた。

 

しかし、コンクールの日が近づくに連れ、舞台装置をどうするかでハタと困った。鹿児島の片田舎でも、ナチスの制服やヘルメットはどこかのマニアから借りられたし、兵士が持つサブマシンガンやライフルも調達できたが、舞台装置がまだだった。

 

うーん。こうなったら、そうだ。段ボールを数十箱積上げよう。その方が不条理劇の雰囲気が出るかもしれない。そうと決まってから、演劇部員たちは毎日総出で街へ出て段ボールを回収しまくった。

 

今はそんなことをしなくても、段ボールは通信販売で手軽に注文できる。第二次世界大戦中のフランスから、長々と話を引っ張ってきたのは、それが言いたかったからだ。

 

段ボールだけじゃない。カマボコの板だって、今はいくらでも手軽に注文できる。

 

掛川の「ねむの木学園」の関係で、上野毛の宮城まり子さんのお宅に伺ったのは、もう十年以上前だ。上野毛は陸軍大将柴五郎の五千坪の屋敷があったところだが、どの辺りだろうかと思いつつ、宮城さんのお宅は高校の近くと聞いて、それらしい家を探すと、門のところにカマボコの板が張り付けてあった。ん?近づくと、そこには、よく見ないと分からないぐらい薄い鉛筆書きで「吉行」と記されていた。ああ、吉行淳之介の吉行か。なるほど。でも、なぜカマボコの板なのだろう。

 

あとで宮城さんに聞くと、昔から隣の高校生たちが「吉行」の表札を持っていってしまうので、もう持っていかれてもいいようにカマボコの板にしているということだった。

 

ああ、だけどよっぽどカマボコを消費しないと需要に追っつかないだろうな、とそのときは思ったが、あのカマボコの板も今なら通信販売でいくらでも調達できるのである。

 

それだけ世の中が便利になったともいえるが、つまらなくなったとも感じる。