コラム

ラジオのある風景

食い物の恨みは怖いといっても、現代の私たちにはなかなかピンと来ない。今は飽食の時代で、食べ物にあふれ、大量の食品ロスをどうするかの方がむしろ問題になっている。しかし日本でも、戦争末期から終戦後にかけて、食糧が枯渇し、人々・・・

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地上の幸福

事務所の井田さんのお兄さんは井田茂という天文学者である。いつだったか、何の気なしにテレビを付けたら出演していて、きれいさっぱりと何もない大学の研究室が映っていた。インタビューに来ていた爆笑問題の太田が「なぜ、この研究室に・・・

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サルも馬鹿にできぬ

世情騒然としている中で、内田樹の『サル化する世界』を読んだ。サルは、朝三暮四のあのサルである。中国の春秋時代、宋の国にサルを飼っている人がいて、朝夕四粒ずつのトチの実を与えていたが、節約するため「朝は三粒、夕は四粒にする・・・

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けなげで可憐な生きもの

寒いねと話しかければ、寒いねと答える人のいる暖かさ。昭和62年に出版された俵万智の『サラダ記念日』に出てきたこの歌は、寒い日には今も口をついて出るが、この感じは、もう今の時代のものではない。人と人が今とは違う仕方で関わり・・・

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日本の橋

靖国神社の大鳥居を見上げながら、私はふいに若い頃読んだ保田輿重郎の『日本の橋』のことを思い浮かべた。それは、こんな書き出しで始まる。   「東海道の田子浦の近くを汽車が通るとき、私は車窓から一つの小さい石の橋を・・・

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駅・詩篆絵書音

文人というのは、漢詩、書などの他に、画と篆刻ができて、初めてそう呼ばれる資格があると前に聞いたことがある。文人たらんとする者にとって、漢詩と書はありえても、画才に加え、篆刻まで物するのは至難の技である。   元・・・

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ローズヒップの実

永い打ち合わせの席でコーヒーにも飽きて、メニューを見たらローズヒップティとあったので、注文してみた。味は、可もなし、不可もなしである。ローズヒップというのは、なんだろう。調べてみたら、ハマナスの実であった。とたんに、網走・・・

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その顔が見たくてならない

頼山陽の書は、「なんでも鑑定団」に出品されて、百万とか二百万の高い評価が付くこともあれば、偽物として五千円で片づけられることもある。頼山陽とは、そも何者ぞ。頼山陽は、広島藩の儒学者の子として幼少のころから詩文の才に恵まれ・・・

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座右の地図帳

人には「座右の辞書」が必要だが、「座右の地図帳」も欠かせない。ナチス・ドイツものを読んでいて東プロイセンが出てきたとき、どこにあるのかを確認できなければ一知半解にとどまるからである。また日本の戦国時代ものでも、琵琶湖周辺・・・

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走れメロン

日本を代表する作家というと、夏目漱石や谷崎潤一郎、川端康成などを連想する人が多いと思うが、彼らは立派すぎて私は挙げる気にならない。私が日本を代表する作家として連想するのは、太宰治である。太宰は、大方の日本人と同じように、・・・

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真夏の出来事

真夏の夜は、やはりビールである。コップに注ぐたびに、白い泡が湧き立ち、乾杯のたびに白い泡が揺れる。誰かに言わせると、ビールは人に注いでもらって飲む酒だそうだ。それが呪文のように効いたのか、一人のときに飲むことはもうほとん・・・

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きびなごの刺身

九州のある町の炭鉱住宅に私は住んだことがある。1975年の春、私は人を探してかつて炭鉱のあったその町に辿り着いた。Mさんという作家のところに、いるかもしれないと思って訪ねたのだが、見当違いだった。途方にくれている私に、M・・・

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イロクォイ族の誓い

たまに立ち寄っていた本屋がなくなって、ドラッグストアに変わっていた。自己啓発本やノウハウ本ばかりの本屋だったが、それでもないよりはましだった。いっそのこと政府が文化財として補助金を出すか、公営の本屋を設けるか、なにか手を・・・

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特例適格特別指定特定認定制度

辞書を引くのは、楽しい。なぜ、楽しいのか。辞書を引くときには、自分がいたらないことを認めて、降参して頼っているという感じが、思わず知らず絶対者に帰依しているような充足感を引き出されているからだろうか。それとも、辞書を引く・・・

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崎陽軒のシウマイ弁当

クリント・イーストウッド監督・主演の映画『運び屋』が話題になっている。麻薬の運び屋になった90歳の老人が主人公である。クリント・イーストウッドの映画は決して期待を裏切らない。ダーティー・ハリーの面構えは、今も健在で、あの・・・

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子どもより親が大事

三鷹の駅前にその昔「山の音」という喫茶店があって、よく通ったものだった。漫画家の山松ゆうきちが近くに住んでいて、打ち合わせに使っていた。山松が借りていた家にも何度か行ったが、山松は宵越しの金を持たないデカダンな表現者の流・・・

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弱者の戦略

今は、明るい時代だろうか、それとも暗い時代だろうか。ハンナアーレントの『暗い時代の人々』は、ファシズムが吹き荒れたヨーロッパの暗い時代のことである。それに比べれば今は、暗い時代ではないと思う。しかし、明るい時代だという気・・・

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ハラスメント・ハラスメント 

獅子は千尋の谷に我が子を突き落とすというが、もし今の時代にそれをやったら、どうなるか。獅子といえども、ただでは済まない。動物界からの引退まではないだろうが、さすがに百獣の王の地位からは降りることを余儀なくされるだろう。我・・・

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漱石が来て虚子が来て大三十日

夏目漱石と高浜虚子がやってくるというのだから、ずいぶん贅沢な大三十日(おおみそか)だ。誰の句かといえば、正岡子規である。明治28年、柴田宵曲の『評伝正岡子規』には、漱石が松山から出てきて大晦日に子規を訪ねたことは記してあ・・・

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不射之射

弓道は精神の技である。温泉場の射的ぐらいしかしたことのない私でも、それくらいはわかる。ねらって的に当てようとしてはいけない。弓を引くのは射手なのか。それとも射手をいっぱいに引き絞るのが弓なのか。的に当てるのは射手なのか。・・・

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マロニエの木蔭

だいぶ前になるが、予備校で教えていた頃、数学を担当していた講師から聞いた話。大学の数学科に進む学生は、みな自らを数学の天才かもしれないとたのむところがある。しばらくしてそうじゃなかったことを知るが、それから数学の教師にな・・・

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異形の政治家

ドナルド・トランプは、不思議な政治家である。普通の政治家は、習近平のように国家や自分の権力の拡大に腐心する覇権型か、安倍氏のようにいろいろな勢力を調整してバランスをとる調整型かである。トランプはそのどちらでもない。要する・・・

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幸福の青いチップ

タシケントの地下鉄は世界で最もきれいな地下鉄の一つに挙げられているだけあって、荘厳な地下宮殿のような趣があった。1,000スムの紙幣で買った青い小さなチップを自動改札機に入れて中に入るのだが、1,000スムは日本円に換算・・・

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遠くに永代橋を見ながら

ほぼ1年にいっぺんだが、墨田川にかかる中央大橋を徒歩で渡って佃の方へ行く。といっても、大した用事ではない。1年にいっぺんの仕事で出かけたときに、八丁堀の方から何人かで連れ立って昼飯を食べに行くだけのことである。そこからは・・・

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私の「西郷ろん」

大河ドラマの『西郷どん』はさておくとして、西郷隆盛は、生涯で二度南島に流されている。一度目は、三十歳のとき、安政の大獄で追及され入水自殺に失敗して、奄美大島に流された。二度目は、三十四歳のときで、西郷を嫌う藩主の島津久光・・・

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新宿ゴールデン街のこと

新宿の靖国通りから区役所通りに折れて、一つ目の路地を右に入ると新宿ゴールデン街の入り口を示すゲートがある。そこから、迷路のように入り組んだ路地に足を踏み入れると、白人の観光客が多いのに驚かされる。狭い路地を行き交う客ばか・・・

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金正恩氏の髪型

「僕の髪ぃ~が肩まで伸びて~」と歌う吉田拓郎の『結婚しようよ』が流行っていた頃、私の髪も肩ぐらいまではあった。それが今では風前のともしびである。全部なくなってしまった頃、『お葬式しようよ』となるのだろうか。  ・・・

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中央線の風景

日曜日ののどかな午後、高円寺の駅のホームのベンチに座って、週刊新潮を読んでいる人がいたので、思わず隣に座ってのぞき込んでしまった。週刊新潮といってもタダの週刊新潮ではない。覗き見た表紙の題字には、「潮新刊週」とある。うぬ・・・

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異邦人の思ひ出

事務所が移転したところは因縁のある場所である。数年前まで「異邦人」というバーがあった。そこにはかなり年代物の木賃アパートが建っていて、その一階というか半地下が小さなカウンターだけのバーの造りになっていた。バーには屋根裏部・・・

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自分が生きた証

一生働かなくていいという人の暮らしはどんなだろうと思う。働かなくていいといっても、ぜいたくな暮らしをしながらのものと、つましい暮らしをしながらのものとは、おもむきがだいぶ違う。   ぜいたくな暮らしというと、作・・・

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