コラム

できない相談

阿佐ヶ谷の『書楽』が閉店するというNHKのニュースを見て暗い気持ちになった。太宰治や井伏鱒二ゆかりの書店とまでは知らなかったが、ひと月に一度か二度、『書楽』で本を買って、それを読みながら隣の二階の喫茶店でランチを食べ、帰・・・

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バックオーライ

人類の歴史上もっとも偉大な発明は何か。文字と答える人がどれだけいるだろうか。文字は、古代メソポタミアのシュメール人が苦心して考案し、地球上のすべての文字はそこから派生したというのが有力な説である。その文字の読み書きを日本・・・

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レヴィストロースの知性

クロード・レヴィ=ストロースが1986年に日本で行った講演を聞いた。もう何度目かになる。おそらく世界最高といっていい、この人の知性がどのようにして形作られたのか、考えながら聞いた。ソルボンヌ大学の法学部を卒業してリセ(高・・・

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石田君のこと

不思議なことに、今頃になって、石田君のことをよく思い出す。石田君は一浪して入った鳥取大学の医学部の屋上から飛び降りて死んだ。僕に宛てた遺書があるという話だったが、それは届かなかった。僕もそんなに求めなかった。その頃は、い・・・

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母ありて

夜中に目が覚めて、 眠れずにユーチューブを見ていたら、 鹿児島のラ・サール高校の入試問題の解説が出ていた。英語の長文である。 といっても高校入試だから中学生レベルの英語だが、 なんとなく興味をひかれたので見てしまった。 ・・・

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大空襲の夜に

ジェイムズ・ケストレルの『FIVE   DECEMBERS』をやっと読み終えた。残りが50ページぐらいになってから、ページが減っていくのが惜しまれて、一字一句丹念に反芻しながら読んでいったので、ことのほか時間がかかった。・・・

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好きになった人

歌手にはピークがある。ちあきなおみが、死期を悟った動物のように、人々の前からすーっと消えたのは、それを感知したからかもしれない。都はるみは、三十五歳がそのときだった。「普通のおばさんになります」と引退宣言して、1984年・・・

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一冊の旅の重さ

出張に文庫本を一冊持っていこうと思って、どっちにしようか迷った。『昭和の名短編』か、『小林秀雄初期文芸論集』。『昭和の名短編』は荒川洋治編で、田中小実昌の「ポロポロ」、吉行淳之介の「葛飾」、志賀直哉の「灰色の月」など、何・・・

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子どもの春秋

損得勘定で言ったら、子を持つことの損失は計り知れない。昔の人は、子を持つことを損得ずくで考えなかった。だから、後先も考えずに皆、子を生したのである。以前から度々引き合いに出しているが、世界の意識調査で、日本人は最も、それ・・・

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市電の停留所界隈

本がなぜ売れないか分かった。多すぎるからだ。昔は本が少なかった。だから本が売れた。逆説のように聞こえるかもしれないが、六十年あまり本屋ばかり通い続けてハタと気づいた真実だ。   高校生のころ、市電の停留所、確か・・・

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数学嫌い

会計の仕事を長くやっていると、数学が得意なのだろうといわれることがあるが、この分野に数学が得意な人はあまりいないだろうと思う。会計は、数字を扱うといっても、足し算と引き算の世界だから、数学どころか、算数でも鶴亀算とか旅人・・・

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読書の楽しみ

読書というのはすらすら本を読むことだと思って長年生きてきたが、どうもそうではなさそうだということがここへきて分かってきた。日本語の本はずーっとそういう読み方をしてきているので、なかなか読み方を変えることはできないが、日本・・・

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フラココの絵

子どもというものは親に対して薄情に出来ていると思う。親の立場から子を見た場合にもそう感じるが、子の立場から親のことを思い出してもやはり薄情だったと少し胸が痛む。結局、親の子を思う気持ちだけが、疎ましく思われながらも、過剰・・・

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出ていない月を読む人

NHKの連続ドラマ『この声をきみに』は、朗読教室に通いはじめた主人公がしだいに朗読の楽しさに目覚めていくドラマである。小学生の頃、教科書を声に出して読むのが大好きだった人たちにとっては、心をくすぐられるような気持ちになる・・・

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漢和休題

漢和辞典がピンチと聞いて、これはいけないと書店に走った。書店の書棚を見る限り、漢和辞典は、堂々とした佇まいで、他の辞書を睥睨して、特にピンチの顔はしていない。よしよし、それでいい。   漢和辞典は、昔から使って・・・

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知性、含羞、ヤクザ性

「男の魅力は、知性、含羞、ヤクザ性にあると宗教学者の山折哲雄が言っていたが、うまいこと言うもんだと思ったよ」などと友人のKに言ってみた。すると、マシンガンのようにKの言葉が返ってきた。   「馬鹿言っちゃいけな・・・

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幸福の赤い雪

書評欄に勝又進の『赤い雪』が出ていた。勝又さんの訃報はだいぶ前に新聞に載っていたが、なつかしいなあ。職場の先輩だった勝又さんの朝霞の家に遊びに行ったのは、昭和50年前後のことではなかったかと思う。勝又さんは、大学の先輩で・・・

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僕たちの失敗

僕の前の奥さんは遅刻の常習犯だった。桜蔭の同級生で詩人の井坂洋子の『朝礼』という詩にいみじくもそのことが書いてある。   「安田さん、まだきてない。中橋さんも」。   この安田さんが僕の前の奥さんであ・・・

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そうか、経済は回すものだったのか

ひと頃、お笑い芸人のコメンテーターが「コロナ対策も大事ですが、経済を回すことが何より大事ですからね」と言っているのをよく聞いた。コロナ禍の下で、すっかり人口に膾炙した言い方に、この「経済を回す」がある。テレビでは、評論家・・・

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小滝橋界隈

沖縄の伊江島で小型機が墜落したというニュースを聞いて思い出した。伊江島は若い頃、二度訪れたことがある。一度目は、その頃一緒に仕事をしていた伊江島出身の人の帰郷に付いて行った。伊江島は、旧日本軍の飛行場があったため米軍の猛・・・

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森と湖の国のリアル

ウクライナのニュースを聞きながら、最近読んだフィンランドの歴史のことを思い浮かべた。歴史の教科書などにはほとんど登場しないが、フィンランドは第二次世界大戦の敗戦国である。ドイツ、イタリア、日本などと同じ枢軸国のグループに・・・

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思想家の顔

読んだことはないし、読もうと思ったこともないが、『人は見た目が9割』という本のタイトルを見かけたことがある。ことによると、もう“発禁”になっているかもしれないと思ってアマゾンを見てみたら、まだちゃんと出ていて、「あまりに・・・

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110マイルの距離

英国と日本は、それぞれユーラシア大陸の西と東の端にあって、海峡を隔てて大陸に近接しているという地理的条件は類似している。しかし、大陸との距離は英国のわずか22マイルに対して、日本はその5倍の110マイルである。そのせいも・・・

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銅鐸のなぞ

政治家を引退した亀井静香が、なにかの番組で「デジタル化がどんどん進んでいくのなら、この世とおさらばしたい。そんな社会は住むに値しない」と言ったとかで、「よくぞ、言ってくれた」と感じる向きも少なくないと思うが、テレビ出演者・・・

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寅さんとイエス

フーテンの寅さんの故郷である葛飾柴又は、もともとは縁もゆかりもない土地だったが、今は身内につながる親族が何人も住む、すっかり縁の深いところとなった。   映画『男はつらいよ』の四十八作の中でどれが一番印象に残っ・・・

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折り丁の糸かがり

広辞苑は、中学の時に先生に勧められて買ってから手元に置くようになり、改訂の度に買い換えていたが、あまり引くこともなかったせいか、まず装丁が壊れるということはなかった。たまに開くときがあると、いつもインクのにおいがしたのは・・・

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アクの店

イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読んでいたら、ふとアクの店のことを思い出した。『日本奥地紀行』は、明治11年に来日した当時47歳の英国人女性イザベラ・バードが日本の東北地方を旅して、津軽海峡を渡り、アイヌ部落を訪れて・・・

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戦争に行った話

顔を見て恐ろしいと思った。国の長になって、突然善き人になろうと思っても、そうは問屋が卸さないのである。善き人の表情を作ることはできても、善き人の語り口は伴わないのである。人は、生まれたときからずっとつながっていて、気が遠・・・

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とらやの羊羹

あれはまだ長銀と呼ばれていた長期信用銀行があった頃だから、だいぶ前になるが、当時長銀の新宿支店にいた郷里の先輩の結城さんが、映画『男はつらいよ』の山田洋二監督を招いて何かのイベントを企画したから、ぜひ誘い合わせて来てくれ・・・

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浪花節だよ、人生は。

ビルマ難民キャンプへと続く山道である。キャンプへは、2009年から毎年のように行っているが、何度同じ道を通ったことだろう。タイとビルマの国境沿い、タイ側の山岳地帯にへばりつくようにしてビルマ難民キャンプがある。     ・・・

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