コラム

母ありて

2023年7月20日

 

夜中に目が覚めて、 眠れずにユーチューブを見ていたら、 鹿児島のラ・サール高校の入試問題の解説が出ていた。英語の長文である。 といっても高校入試だから中学生レベルの英語だが、 なんとなく興味をひかれたので見てしまった。

 

それは、うろ覚えだが、確かこういう内容の英文だった。

 

主人公が通っている学校で母親は給食婦をしている。あるとき主人公の教室に母親が忘れ物を届けに来る。主人公は母親を見られるのがいやで、逃げだす。母親が帰った後、級友たちにからかわれる。教室に現れた母親は片目だったのだ。その後、主人公は、母親のいる故郷から離れたくて、勉学に励み、外国に留学し、立派な職を得て、そこで結婚して家族を持つ。美しい妻とかわいい子供たち。

 

そこへ老いた母親が訪ねてくる。長い間音信不通になっている息子や孫に会いたい一心で。何しに来たんだと息子は追い返す。片目の母親なんか来たら、妻は嫌がるし、子どもたちが怖がるじゃないか。

 

時が過ぎ、同窓会の知らせが届いて、主人公が帰郷する。近所の人が主人公の亡くなった母親から預かっていた手紙を渡す。そこには、突然訪ねて行って、片目で子どもたちを怖がらせてごめんなさいと書いてあった。それから、まだ物心のつかない頃、主人公が不慮の事故で片目を失ったこと。生きていくのにそれではかわいそうだと思って母親が自分の片目をあげたこと。息子が両目で世界を見て生きていけるようになったことが何よりうれしいと書いてあった。

 

夜中に、僕は蒲団の中で声をあげて泣いた。不覚にも、ラ・サールの入試問題なんかで泣くなんて。

 

高校生のころ、時代が70年安保と大学紛争で揺れる中、僕は上級生の山下さんと一緒に大学の学生たちの集会や理論合宿などに参加していた。それと知った母親が大学に乗り込んで来て、髪振り乱して僕を何度も連れ戻しに来た。僕はそんな母親のことを恥じた。古臭い格好で、みっともないうえに、社会の動きに盲目だと思った。しかし今から思うと、僕の方がよっぽどみっともなくて、盲目だったのだ。