コラム

大空襲の夜に

2023年6月20日

 

ジェイムズ・ケストレルの『FIVE   DECEMBERS』をやっと読み終えた。残りが50ページぐらいになってから、ページが減っていくのが惜しまれて、一字一句丹念に反芻しながら読んでいったので、ことのほか時間がかかった。『真珠湾の冬』という書名で日本語版が出ていることを少し前に知ったが、日本語版ではこの作品のエッセンスは味わえないと思う。

 

一九四一年十二月、旧日本軍の真珠湾奇襲の直前に、オアフ島で若い日本人女性の惨殺死体が発見される。ホノルル警察のマグレディ刑事は、ハワイから島伝いに香港に飛んで、ドイツ人の犯人を追い詰めるが、すんでのところで香港に攻め入ってきた旧日本軍の捕虜となり、戦時中の日本に送られる。過酷な運命が待っていたマグレディを救出し、戦時下の日本で屋敷にかくまったのは、ハワイで惨殺された日本人女性の親族だった。

 

憲兵や特高の目を逃れながら、マグレディは生き延びるため日本語を学ぶ。短期間で終わるはずだった戦争は三年以上に及び、米軍の空襲が増すととともに、日本の敗色は濃厚なものになっていく。東京大空襲の夜、三年間同じ屋根の下で、息を殺して暮らしてきたマグレディと、懸命に日本語を教えてきた女性が、互いに秘めていた思いを打ち明ける場面は、日本語と英語が交錯して、ひときわ感動的だ。

 

そのシーンは、英語版のカバー絵にも描かれているが、戦時中の日本人女性の顔のはずが、浅黒いフィリピーナ風の顔に描かれていて、せっかくの場面が茶番になっている。このカバー絵を描いたペインターの目には、日本人の顔もフィリピーナの顔も同じに見えていたのだろう。

 

日本人の顔というと、ジャレド・ダイヤモンドの『GUNS,GERMS,AND STEEL』に様々な民族の典型的な顔の写真が出ていて、いわゆる原住民風の風貌の人がほとんどの中で、日本人の典型は「エンペラーアキヒト」の写真が掲載されていたので、“いくらなんでもこれはないよなあ”と、日本語版の『銃、病原菌、鉄』をめくってみたら、日本の読者に配慮したとみえて、そんな写真はどこにも掲載されていなかった。

 

それにしても、ふだんそんなに意識することはなかったが、こんなところに自分の心の中の天皇制がひょっこり顔をのぞかせるのだなあとあらためて思った。