コラム

バベットの晩餐会

『バベットの晩餐会』の、映画を三度見て、原作を二回読み返した。映画は、19世紀末、デンマークの北海に面したユトランド半島の寒村が舞台である。つましく暮らしている老姉妹の家の晩餐会に、村人たちとたまたま来合わせた将軍の、合わせて十二人の客が訪れる。

 

質素な鱈の干物と、エールとパンで作ったスープが常食の村人たちの前に、その夜出されたのは世界最高の料理とワイン、パリ選り抜きのレストラン、カフェ・アングレのディナーだった。「不思議だ。アモンティラードではないか。それもこれまで味わったこともない極上のものだ」。将軍は驚き、世界最高の美酒に酔って夢見心地になり、村人たちは思わず知らずいつものいさかいやいがみ合いを忘れて至福の時を味わった。

 

料理とワインを用意したのは、十四年前にパリから流れ着いた家政婦のバベットだった。バベットは客をもてなすための食事として、自分のお金でフランス料理を作らせてほしいと申し出た。姉妹は当然断ったが、十四年のあいだ、なにかお願いしたことがあったでしょうかといわれると断り切れず、その少し前にバベットは富くじで10,000フランという大金を手にしていたので、姉妹はたった一度の食事などどうということもあるまいと聞き入れた。

 

晩餐会が終わって、バベットは「私はカフェ・アングレの料理人でした」と告げる。そして、バベットがパリに帰っても、今夜のディナーを忘れないという姉妹に、お金がないのでパリには帰らないという。「でも、あの10,000フランは?」「カフェ・アングレでは、ディナー十二人分で10,000フランでした」。

 

映画は、ここまでで十分に見る者を満足させる。

 

しかし、原作はここからなのだ。「私たちのために、何もかも使ってしまうことはなかったのに」という姉妹にバベットは言う、「みなさんのため、ですって」「ちがいます。わたしのためだったのです」。

 

「わたしはすぐれた芸術家なのです」「それではこのさき、ずっと貧乏になってしまうじゃないの」「いいえ、わたしは貧乏になることなどないのです。お話ししましたように、わたしはすぐれた芸術家なのです。すぐれた芸術家が貧しくなることなどないのです」。

 

私はシビレた。原作を書いたのはデンマークの作家カレン・ブリクセンだが、ああ、作家というものは、人があきれるほど表現への情熱を持ち続けられる者のことなのだと、今さらのように畏怖の念に打たれた。