コラム

漱石が来て虚子が来て大三十日

夏目漱石と高浜虚子がやってくるというのだから、ずいぶん贅沢な大三十日(おおみそか)だ。誰の句かといえば、正岡子規である。明治28年、柴田宵曲の『評伝正岡子規』には、漱石が松山から出てきて大晦日に子規を訪ねたことは記してあるが、虚子の訪問には触れていない。宵曲は、虚子が嫌いだったのだ。

 

若い頃は、世界は政治や経済や文化や芸術の大舞台にあると思い込んでいた。いうなれば、大状況の世界、大文字の世界が本当の世界で、私たちの手元、足元にあるような卑小な小状況、いわば小文字の世界は取るに足りない世界だと思い違いをしていた。

 

年を取って、わかったのは、私たちの手元、足元にある小文字の世界が本当の世界で、政治や経済や文化や芸術といった大文字の世界は、本当の世界の上澄みに過ぎないということである。

 

世界のことがわかったのは、年を取ったことの効用である。若い頃は夭折することを願ったが、夭折などしていたら、世界の本当のことは知りえなかった。

 

ところで、無性に寂しい気持ちになりたいとき、そばに関川夏央の本があれば、関川を開く。それで、そういう気持ちにさせるのは関川夏央が一番だと思っていたが、野村進の方が勝っていることが身に沁みるようにわかった。関川は大向こう受けを狙って書いているが、野村はそうではない。ただ普通に書いているだけなのに、生きていることが悲しくて、寂しくて、むなしくて、それでいて、最後にはなんだかこううれしいような気にさせる。

 

野村が高校2年の時に中間テストを白紙で出して、裏に受験体制批判のようなことを書いて出したら、先生に呼ばれて「お前、文章、けっこう書けるじゃないか」といわれた話が、ある日の新聞の夕刊に載っていた。それで、私も同じことをしたことがあったのを思い出した。私の場合は、呼び出された母親が、「あの子は何になるんでしょう」と先生に聞いたら、先生は「人間になるんでしょう」と言っていたと、母親は「どういう意味だろうねえ」としきりに首をひねっていたことまで思い出した。