コラム

『さおだけ屋』を読む人々

2006年1月20日

 

久しぶりに自由が丘に行ったら、まだ駅前のふじや書店が残っていた。近ごろ、この規模の書店で生き残っているのは珍しい部類に入る。ふじや書店といえば、自由が丘の待ち合わせ場所のメッカなのである。

そこでウロウロしていたら、『人間力って言うな!』と帯に書いてある本(『多元化する能力と日本社会』本田由紀著)があったので、立ち読みしてみたら、人間力ということばを最初に使ったのは文部科学省らしいことがわかった。2002年8月に遠山敦子文科相が「人間力戦略」なるものを発表したというのだ。ちっとも知らなかった。それで、2002年11月には、経済財政諮問会議の発案で人間力戦略研究会なるものが作られたことを知って、またまた唖然とした。

平積みされている本に目をやると、『国家の品格』や『下流社会』と並んで、『さおだけ屋はなぜつぶれないのか』が、あいかわらずベストセラーに上がっている。『国家の品格』や『下流社会』はいいとして、ほとんどキワモノに近い『さおだけ屋』がベストセラーを維持しているのはなぜなのか。山のような出版物の中から『さおだけ屋』をわざわざ買い求めて、売上げランキングを押し上げているのは、いったいどういう人たちなのか。ベストセラーだから読んでみようという人たちはもちろんいるだろうが、それにしても会計に興味がない人は決して読もうとは思わないだろう。小説や社会評論のようなものと違って、面白そうだからちょっと読んでみようかという類の本ではない。

勝手な憶測だが、『さおだけ屋』を買っているのは、これまであまり経理や会計といった分野とは縁のなかった営業職などのサラリーマンやOLたち、あるいは主婦や定年退職者、フリーターと言った人たちではなかろうか。少しでも会計をかじったことがある人なら、ちょっと立ち読みしてページをめくっただけで、『さおだけ屋』が決してほんとうの会計の本ではないことはわかるはずだ。『さおだけ屋』に書かれているのは、実は会計というよりも金銭感覚や儲けの感覚についての話である。しかし、会計のことを知りたいという気持ちから『さおだけ屋』を読んだ人たちは、もともと持っていた金銭感覚や儲けの感覚を味あわされて、なーんだ、これが会計だったのかと納得する。なかには目からウロコが落ちたという人もいた。それは、ほんとうの会計ではないが、彼らの知りたかった、納得したかった会計ではあるのだ。

この幸福な誤解を解いてあげたいという誘惑にかられないでもありませんが、まぁ、ここは古い歌にならって「いいじゃないの~、幸せならば~♪」ってとこですかねぇ。