コラム

身の上相談

この世で一番恐ろしいものは何か。大地震? 津波?いやいや、大地震や津波よりも恐ろしく、人の営みを根こそぎ奪い尽くしていくもの。それは時代の変化である。

岩波文庫で出ている森鴎外の『渋江抽斎』が読みたくなり、高田馬場の芳林堂で探したが、置いてなかったので、アマゾンで頼んだ。ついでにスティーブ・パーカーの『医療の歴史』も頼むことにした。原始人の穿孔開頭手術の痕跡や古代ローマの外科処置用器具などがカラー写真で出ていて、面白いことこの上ない。前に芳林堂で見つけたときには、すぐに買って帰りたかったが、本が厚くてカバンが膨らむので買うのを躊躇したのだった。

アマゾンから本が届いた日、高田馬場の芳林堂が破産したとのニュースが流れていた。芳林堂は、昔は池袋にあって、それこそ十代の頃から三日と置かず通った場所だったし、池袋の店がなくなって高田馬場だけになってからも、たぶん一番よく行っていた場所である。その大事な芳林堂がつぶれてしまった。どうしてそんなことになったのか。いったい誰が芳林堂をつぶしたのか。自分のせいのような気もしたが、時代の変化というべきだろう。私たちの周りから、本屋がどんどんなくなって行く。時代の変化は、私たちの大事な場所やかけがえのない思い出を容赦なく踏みつぶして根こそぎ奪っていく。

ところで、何かの身の上相談を読んでいて思い出したことがある。昔、雑誌の私の連載を読んでいるという人から、身の上相談のメールが来たことがあった。確か、こういう内容だった。

「就職せずに資格試験を受けているが、年も三十を超えているので、合格しても年下の上司に使われるだろうし、望んでいる英語を使うような仕事も与えられないだろうと先輩にいわれました。それならば、受験をやめてちゃんとした就職口でも探した方がいいでしょうか。」

それで、こう答えた。「三十過ぎて何の経験もないあなたにおっしゃるような就職口があるのなら、そうされればいいと思います。しかし、あなたを使う年下の上司のいない職場や、あなたのわずかな英語力でできるような仕事があるとは思えません。年下の上司に使われたっていいじゃないですか。英語なんか使えなくたっていいじゃないですか。あなたにはあなたの人生がある。