コラム

過去こそが大事

湯布院の森号に乗って友人たちと湯布院に向かう途中、日田を通る。日田にはむかしタモリがいてボウリング場の支配人をしていたんだという話をする。タモリは、それまで博多で生命保険の勧誘の仕事をしていたが、口が立つのが災いしてなかなか成績が上がらず、心機一転まき直しのつもりでこんな田舎町に来たんだ。歌手の山崎ハコって知ってる?彼女も日田出身だよ。デビューしたての18歳のときに、雑誌の仕事でインタビューしたのでよく覚えている。そうそう、あと日田出身には作家の阿奈井文彦もいるんだけど、知らないよね。

そうこうしているうちに湯布院に着いた。満員の乗客と一緒に駅から吐き出されると、おうおう、一頃の清里がこんな状態じゃなかったっけ。土産物屋と食べ物屋と観光客の人波ができている。聞こえてくる話声は日本語ではない。ほとんど中国語で、ときに韓国語やタイ語、インドネシア語、英語が混じっている。こりゃ、オキュパイッド・ジャパンだね。むかし、占領下の日本で、中国人や朝鮮人が三国人と呼ばれて幅を利かせていたころがあったんだよ。

相変わらず昔ばなしが好きだねえ。そうさ。「過去を振り返らず、未来だけを見て進もう」なんてセリフを聞くと、反吐が出るよ。僕に言わせれば、未来なんて取るに足りない。過去こそが大事なんだよ。この間、ある言語学者の本を読んでいたら、「大切なのは過去」と書いてあった。我が意を得たりだったね。人間の言語にとって特に重要なのは過去だという。それから、人間の歴史は進化ととらえるのが正しい態度なのか、進化ではなく変化というべきではないかと、進化論の専門家に聞いてみたら そのとおりという答えが返ってきたそうだ。

ところで、ドナルドキーンの『石川啄木』はもう読んだかい。あれを読んで、なぜ君たちのような身勝手な男たちとずーっと悪縁を保ってきたか、ようやくわかったよ。君たちは僕にとっての啄木と同じで、自分の身勝手さを映す鏡としてどうしても必要だったんだとね。

大きな地震の報に接したのは、そんな話をして10日ほど経ってからである。