コラム

特例適格特別指定特定認定制度

辞書を引くのは、楽しい。なぜ、楽しいのか。辞書を引くときには、自分がいたらないことを認めて、降参して頼っているという感じが、思わず知らず絶対者に帰依しているような充足感を引き出されているからだろうか。それとも、辞書を引くことは、「自分は何も知らないことを知る」ことにつながっていて、そのソクラテスのような境地が、虚心坦懐であることの楽しさをもたらしてくれるのだろうか。

 

法規集を引く楽しさも、辞書に優るとも劣らない。法規集も、そこにあるのは一種の絶対者であり、我々にできるのは絶対者の言葉を解釈することだけである。

 

辞書や法規集に線を引くのも、なぜか楽しい。ただの本に線を引いてもたいして楽しくはないが、辞書や法規集に線を引くのが楽しいのは、もしかすると、スペインのアルタミラやフランスのラスコーの洞窟に動物や人間の手形を残したクロマニヨン人のDNAを引き継いでいて、あちこちに獲物や自分の手形を残しおきたい気持ちにつながっているのかもしれない。

 

赤い線にしようか、青い線にしようか。それとも、マーカーにしようか。何も引かず、そのままにしておこうか。

 

法規集は毎年新しいものに変わるので、剥がれるまで使うことはないが、辞書はずっと同じものを使っていると、ときどき背表紙が剥がれる。ああ、また、剥がれたか。それを接着剤や糊で修理して、重しを乗せて動かないようにしておくのが、ひそかに楽しい。修理がうまくいって、きれいに元どおりになったのを見るのは、ささやかに嬉しい。

 

法規集を引いていると、ときに日本語の悲鳴を聞くような気がするときがある。昔から法規集に「特別」とか「特例」、「指定」などは、満艦飾のようにつきものだが、最近とみに「特定」とか「認定」、「適格」が氾濫し始めた。その結果、「特例認定特定非営利活動法人」などという、冗談のような日本語の化け物が出現し、税の世界では「住宅特定改修特別税額控除」、「認定住宅新築等特別税額控除」など、そうした化け物も珍しくなくなりつつある。