コラム

いまどきのバランスシート

1998年12月20日

 

石原都知事の選挙公約に確か、東京都のバランスシートを作るというのがあった。バランスシートというのは、ご承知のように左側に資産を表示し、右側に負債と資本を表示する企業の財務諸表の一つである。企業の、いわばビジネスの複式簿記の手法で自動的に作ることができる。どうということのないただの貸借対照表である。この複式簿記の手法を公会計でも用いるべきだという意見は石原氏でなくとも、何か目新しいことをして人気取りをしようという政治家は、だいたいそろって口にしてきた。
もともとはこれを大きなビジネスチャンスとすきをうかがう、コンピュータのソフト業界あたりの発想ではないかと推測するが、その意を体して一部の学者や監査法人、会計士、税理士がもっともらしい後押しをしてきたのだ。折からの自治体の不祥事もあって、自治体監査ビジネスも受注できた。大手監査法人は金鉱脈を掘り当てて、ホクホクである。やれ行けそれ行け。こうなるともう公費、公共投資の分捕り合戦である。

ところが、企業経営の分野ではこのバランスシートの神通力が急速に色あせつつある。バランスシートが表しているものは、早い話が歴史的金額、歴史的記録である。ところが、地価がどーんと暴落する。株が乱高下する。債権が回収できない。こういうような、いわば歴史の大変動期には歴史的金額になんの意味があるだろう。結局いまは、貸借対照表が果たしているのは歴史を記録する役割である。したがって、歴史的記録に過ぎない自己資本がいくらあっても頼りにならない。特に金融機関などは、というわけである。そこで、こうしたビジネス社会の不信を反映して、キャッシュフロー計算書、キャッシュフロー会計がもてはやされているのだ。
そんなとき、東京都がバランスシートを作るというのは、それこそ古いバージョンのソフトを売りつけられるようなものではないだろうか。官庁にはもともと立派な官庁会計が確立されている。不備があればそれを手直しして使えばいいし、石原知事も懸命に学べばいい。とにかく、そんなことに公費を費やしてほしくない。ただでさえ、都民は知事の軽挙妄動につきあわされて、いつなんどきテポドンか何かを見舞われることにならないとも限らないのだから