コラム

不思議な本

2013年2月20日

 

高田馬場の芳林堂書店に行こうと歩いていたら、あれっ、駅前のムトウ楽器店の看板に閉店セールと書いてある。これは大変と思って中に入ると、今までに見たことがないほど客が押し寄せていた。なにかめぼしいCDやDVDが残っていないか探したが、もうなんにも残っていなかった。こんなに繁盛していたら、閉店することはなかった、というのはこういう場合の決まり文句だが、また一つ昔ながらの店が消えるのはさびしい。ムトウ楽器店の創業は1924年とあるから、開店したのはちょうど関東大震災直後の大正13年のことだったのだ。

その帰りに芳林堂で買ったのが、『西郷の貌』という不思議な本だ。西郷隆盛の写真をめぐる謎について書かれている。西郷の写真は現存しないとされているが、それは真実なのか。西郷の写真は、そもそもなぜ世に出ていないのか。そこには明治政府の陰謀があるのではないか。著者の加治将一は、この本の他にも、けっこう陰謀史観的な本を何冊か書いている。確かに、上野の西郷さんの銅像は西郷に似ていないというし、西郷さんの肖像画も西郷に似ていないという噂があることは前から聞いていたが、まさかそこに明治政府の陰謀があったとまでは思い至らなかった。

西郷の顔が写っていると著者が主張する写真の一枚は、「フルベッキ写真」と呼ばれている。フルベッキ親子と幕末の志士らしい20数名の人物が写っている集合写真だが、どうやら、その写真に写っている幕末の志士らしい人物の一人が西郷隆盛だというのである。その顔は、これまで私たちが見知っていた西郷のそれとは全く異なるものだった。それがもし西郷の写真だとしたら、隠されたのはなぜか。そして、いったい誰が西郷の写真を隠す必要があったのか。

そもそも、フルベッキ写真のフルベッキとは何者だろう。調べてみると、フルベッキは幕末に来日したオランダ人宣教師で、明治政府に強い影響力を行使した人物であると分かった。フルベッキは、我が国が導入する医学として、英国医学でなく、ドイツ医学を採用させたことでも知られている。その頃は、我が国がまだ近代化の初期段階であったために、フルベッキのような専門家ではない、いわばアマチュアでも、十分に影響力を及ぼすことができたということらしい。