コラム

2013年5月20日

 

たまにはうまい鮨を食べようと、行きつけの近所の鮨屋を避け、駅前の回転ずしを通り過ぎて、駅の向こう口のにぎやかな通りを歩いて、それらしい鮨屋に入ってみたら、ことのほかうまく、腹が満たされるまで食べて飲んで、炙りものや焼き物も頼んで、二人で一万円は安過ぎると思わず言ってしまいそうになった。

鮨は、今では好きな食べ物の一つだが、昔は必ずしもそうではなかった。うまいと感じるようになったのは、二十歳を過ぎて酒が飲めるようになってからである。

岡本かの子の小説に『鮨』という作品がある。孤独な中年男が鮨屋の娘に少年時代のことを語るのだが、魚も嫌い、肉も嫌い、野菜も嫌い、甘いものも嫌いで、食べるのが苦痛という少年に、ある日思い余った母親が手製の鮨を握って目の前に出す。母の思いが通じたのか、その鮨は少年ののどを通り抜け、少年にはじめておいしいという気持ちを起こさせた。それから、少年は母親の握る鮨だけでなく、普通のご飯や魚も食べられるようになり、みるみるたくましくなっていく。その記憶が中年になった今も男を生きさせる糧になっていた。

そういえば、かくいう私も母親に手製の鮨を食べさせられたことがあった。ことによると、母親がこの小説の話をどこかで読んだか、誰かに聞いて、偏食の激しいわが子に魚を食べさせようとしたのかもしれない。私の場合は、小説のようにはうまくいかず、誰も信じないかもしれないが、二十歳までの私は痩せこけていた。

小説の鮨屋の娘の方は、「「無邪気に育てられ、表面だけだが世事に通じ、軽快でそして孤独的なものを持っている。…。ただ、男に対してだけは、ずばずば応対して女の子らしい羞らいも、作為の態度もない」娘として描かれていた。

鮨屋の娘で思い起こされるのは、小津安二郎の映画『秋日和』である。昭和三十五年に作られた映画『秋日和』は、亡友の娘である司葉子と佐田啓二を結婚させるために佐分利信、中村伸郎、北竜二の三人のおじさんが暗躍する話で、そのために娘の母親である美貌の未亡人原節子と北竜二を再婚させる計画が持ち上がり、それに腹を立てた司葉子が結婚しないと言い出して、この騒動を納めるべく、おじさんたちを一堂に会させて散々にやりこめる司葉子の友人のチャキチャキ娘が登場する。実家の鮨屋に連れて行っておじさんたちを手玉に取るそのチャキチャキ娘は、谷崎潤一郎に命名された当時二十七歳の岡田茉莉子だったが、なぜかそれが小説の娘の成長したさまを彷彿とさせるのである。