コラム

仮面の酷薄

イスラム圏では、女性たちが顔を隠していたベールを外しつつあるというのに、日本ではマスクをして顔を隠す女性が増えているのはどうしたことだろう。ある日、電車に乗って、向かいの席の乗客を見たらほとんどの女性がマスクをしていたので驚いた。驚いたのはそれだけではない。マスクをしている顔が、みな深田恭子か高島礼子のように見えた。どうやら、マスクには、顔の下半分を覆うことで、顔をきれいに見せる効果があるようなのである。

 

人の顔は、そもそも上半分がよくできているのか、それとも見えるところを少なくした方がよく見えるということなのか。しかし、顔の上半分がいくらよく見えようと、それは仮面に過ぎないので、仮面である以上、いずれは外さなければならないときが来る。そして、マスクを取ったとたん、あの深田恭子や高島礼子はどこ吹く風、厳しい現実に直面することとなるのだ。それにしてもである。顔の下半分が持つ、顔の上半分を全否定してしまうほどの力には侮りがたいものがあるといわなければならない。

 

ところで、去年の暮れに先輩がやって来てカラオケに行こうという。先輩は近ごろ中島みゆきに凝っている。それなら、中島みゆき縛りはどうですかということになり、カラオケボックスで、中島みゆきばかり、30曲以上も歌ったらいまだに鼻歌が残ってしまっている。中島みゆきは、最近は小学校の音楽の時間にも歌われたりしているらしいが、ここ何十年も第一線で活躍している歌手である。中島みゆきと同じ年の人に、小池百合子東京都知事がいる。世界では、韓国の朴槿恵大統領やロシアのプーチン大統領が同じ年である。よく知られている同じ年の芸能人には、松坂慶子や桃井かおりがいる。そうそう、私の中学の同級生のピーターこと池畑慎之介も同じ年の生まれである。ということは、恥ずかしながら、不肖私めも同じ年なので、同じ年生まれのこうした面々を見ていると、まだまだ老けこむのは早いと感じつつも、今の時代への違和感がしだいに大きくなっていくのはいかんともしがたい。