コラム

結婚の条件

2015 年9月20日

 

嫁を探しているがどこかにいい人がいないだろうかと聞かれたので、よしておけばよかったのだが、酒が入っていたせいもあって、「日本中どこを探しても、もういい人なんかいるわけがない、結婚は今の時代にはもう成立しなくなっているんですよ」と、つい口を滑らせてしまった。どうしてそんなことをいうんですかと聞かれたので、女性は昔は強い生きものでした。だから結婚が成立していたんです。今は女性は強い生きものではない。男と同じ普通の弱い生きものだ。男はね、昔も今も弱い生きものです。弱い生きものと弱い生きものが一緒にいたら、互いになじり合い傷つけあうだけで、結婚は成立しない。昔の女性は強い生きものなのに、自分を弱い生きものだと思い込んでいた。そして、男を強い生きものだと思い込んで、男を立てて、頼っていた。その幻想が結婚を成立させていたんです。

ふーん、そんなものですかね。と、どうも納得していないようなので、それ以上言うのは気が進まなかったが、私はとうとう奥の手の文化論を展開することにした。

女性も男性も、その正体は毛をむしられた裸の猿ですよ。よーく、観察してごらんなさい。あそこに座っている一見華やかなモデルのような女性も、個体としての存在は内臓が反転してむき出しになった唇をパクパクさせている生き物にすぎません。それが魅力的に見えるのは、女性という文化を背負っているからなんです。つまり我々に見えているのは、個としての存在などではなく文化なのです。しかし、文化は実体とは違います。あの女性の背負っている文化は確かに魅力的かもしれない。いや魅力的だ。しかし文化はあの女性が過去から現在に至る全女性文化の借りものとしてまとっているだけに過ぎない。文化はあの女性ではない、あの女性のものではない。あの女性の実体は、毛をむしられたみじめな猿だ。シンがなく、強がっているが、彼女の持ち物は惨めな個体だけだ。

いけない、いけない、酒がまわるとつい声が大きくなってしまう。もう、聞こえてますよ。ほら、怒ったような顔をしてこっちを見てるじゃありませんか。