コラム
浅き夢見し
2026年2月20日
左手を使って字を書く訓練も、数字やアルファベットを経て、ようやくイロハニホヘトの四十七文字までたどり着いた。普段よく接している税法の条文には、1号、2号の号の下の細分としてこのイロハニホヘトがよく使われているので、多いのはどこまでだろうと条文をめくってみたら法人税法施行令第9条第1項第1号の細分に「イロハニホヘトチリヌルヲワカヨタレソツネ」まで規定されていたが、ツネで終わるのはどうにもおさまりがよくない。どうせなら、「(ツネ)ナラム」までいってほしかったが、こればっかりはどうしようもない。
この続きは、「ウヰノオクヤマケフコエテ アサキユメミシヱヒモセス」であるが、実をいうと、左手の訓練をするまでは、なんとなくうろ覚えで、全部をそらんじてはいなかった。おそらく昔の人でイロハ歌をそらんじていない人はいなかったろう。僕はいつしか現代や未来に対して敬意を払う気がなくなってしまい、その分、昔を敬う気持ちが強くなっているので、左手のおかげで昔の人の足元に近づけたのは喜ばしい。
ところで、街を歩くと黒やグレー系のくすんだ暗い色の服を着ている人が圧倒的に多い。かくいう自分も御多分に漏れない。多少違っても、ベージュやネービー系で暗い色には変わりない。今は、夏目漱石の坊ちゃんに出てくる「赤シャツ」や、韓国歌謡の「黄色いシャツ」着た無口な男など、なかなか見当たらない。ちなみに「赤シャツ」は、フランネルの赤シャツで「ご苦労千万ななりをした中学校の教頭」であったし、「黄色いシャツ」の方は「うわさにゃ聞いてた冷たい人でもどこか引かれる無口な男」であった。振り返ると1970年代までは、オレンジ色のスーツやら、真っ赤なジーンズやら、色とりどりのシャツもあふれていたが、いつから世の中はこんなくすんだ色になってしまったのか。
たぶん70年代ごろまでは人々の生活はまだ完全に商品化されるところまでは行っていなかった。それがこの50年で、衣食住はもちろん、生老病死の全てにわたり、人々の善意から、身体、家族、自然の隅々にいたるまで、商品化が着々と進行していく物語の展開を見せられてきたような気がする。いま完成した物語を前に、僕は、社会の発展とはあらゆるものの商品化のことであったかとあらためて立ちすくむ思いでいる。
