コラム

ローズヒップの実

永い打ち合わせの席でコーヒーにも飽きて、メニューを見たらローズヒップティとあったので、注文してみた。味は、可もなし、不可もなしである。ローズヒップというのは、なんだろう。調べてみたら、ハマナスの実であった。とたんに、網走番外地の歌が浮かんだ。

 

「遥か、遥か彼方にゃ、オホーツク。赤い、真っ赤なハマナスが、海を見てます。泣いてます。」

 

ハマナスは、主に海岸の砂地に自生する草木で、日本では北海道に多く、南は鳥取県まで分布するという。ハマナスの実は、北海道では昔からアイヌ族が貯えて食用にしていたらしい。

 

柳田国男の『清光館哀史』に出てくるハマナスは、人寂しい三陸の海浜に旅人を引き寄せる赤い花であった。「お父さん。今までの旅行のうちで、いちばん悪かった宿屋はどこ。そうさな。別に悪いというわけでもないが、九戸の小子内の清光館などは、かなり小さくて黒かったね。」そんな問答をしながら、ハマナスの実がたくさんなっているところを見せてやろうと、子ども連れの柳田は、秋田から遠野へ回り、遠野から岩手県九戸(くのへ)の小子内(おこない)の村にたどり着く。そして、来てごらん、あの家がそうだよと言って、指をさして見せようと思うと、もう清光館はそこにはなかった。

 

清光館は没落したのであった。亭主が漁に出て遭難し、女房は縁者に二人の子を引き取ってもらい久慈の町に奉公に出ていた。人のよさそうなばあさまはどうしたか。悲しいめに会う前に、盆に来る人になってしまったか。

 

柳田らの一行は、その六年前、清光館に一夜の宿を求めた。柳田は、その少し前に、貴族院議長徳川家達(十六代様)と折り合いが悪く官職を辞したばかりだった。

 

清光館の若い亭主と母と女房の親切は予想以上で、新盆らしいのに、客に食わす魚のないことをしきりに嘆いていた。日が暮れると、村の共同井戸の前で、寂しい盆踊りが始まった。踊るのは女ばかりで、男は見物の役だった。女たちはみな白い手拭いで顔を隠し、帯もたびもそろいの真っ白で、いっしょうけんめいに踊っていた。歌は、太鼓も笛もなく、一つ文句ばかりで、それを何べんもくりかえし、夜半までも歌うらしかった。

 

何と歌っているのか、聞き耳を立てても聞き取れず、やっと聞き出した文句は、「なにゃとやーれ」「なにゃとなされのう」。要するに、「何なりともせよかし、どうなりとなさるがよいと、男に向かって呼びかけた恋の歌である。」と柳田は書いている。