コラム

商店街の風景

2001年3月20日

 

旅行や出張に行ったときなど、その町々の小さな書店に立ち寄るのが好きだ。というより、まずは書店をチェックしてその街の様子をつかむのが習い性になっている。忘れられないのは、8時間以上汽車に揺られて岐阜の神岡鉱山に監査に行ったときのこと。一軒きりの書店ともいえないような小さな店の奥の本棚に八切止夫のサンカものがずらっと並んでいるのを見つけたときは、おおっと声をあげて驚嘆した。沖縄の宮古島で台風に閉じ込められて、よろずやのような書店のわずかばかりの本棚に、ずっと探し求めていた句集が置いてあったときの感動もいつまでも忘れない。もちろん散歩のついでに立ち寄る近所の小さな書店も、学校帰りにいつも立ち読みしていた郷里の書店も忘れてはいない。

ところがその書店が急速に街から消えている。失われた10年というが、なにが最も失われたかといえばニッポンの商店街の風景である。大都市の商店街は、ファストフードと安売りショップに占領され、異常な街並みに改造されてしまった。そして地方都市は、米国型のショッピングセンターとやらに破壊されてもっと無惨な残骸をさらしている。

土地本位制というわが国固有の経済システムを破壊した結果がこれだと思った。リチャード・ヴェルナーの『円の支配者』(草思社)によると、日銀が大蔵を打ち負かして支配を確立するために日本経済を破壊したらしいが、それだけとは思えない。やはり米国の圧力に加え、マスコミや学者、評論家らの意見に政府が振り回された結果で、失政を認めたくないばかりに、いまだに破壊を続けているように映る。

ところが、商店街の方の原因はどうも違うらしい。商店街の衰退は昭和57年頃をピークに、それから急下降しているのだという。しかも、それが日本だけじゃない。アメリカも、フランスも同じだという。となると、一応モータリゼーションの影響ということで納得するしかないが、この商店街の風景はまっとうなものとは何か違う。なにか大きな間違いをしでかしているのではないかという気がしきりにする。