コラム

日本のいちばん怖い日 

2007年11月20日

 

『普通の家族がいちばん怖い』という本が面白かった。日本の普通の家庭の食卓の風景を通して、見えてくる家族の実像を描いたものである。といっても、本に載っているのは76枚の食卓の写真と720の主婦の証言で、ある広告会社が実施したアンケート調査の結果やさまざまな回答を分析して報告書の形にまとめたものである。著者は岩村暢子というその広告会社の人で、他には『変わる家族、変わる食卓』や『現代家族の誕生』という本も出ていたので読んでみたが、基本的には同じようなことが書かれていた。

日本の食卓は、ほとんどコンビニ弁当やカップ麺、菓子パン、冷凍食品などで出来ていて、家族がみなバラバラに食べているのが実態だが、母親たちは娘家族の食卓がそうだとは思っていないというのが結論である。それで、私が面白かったのは、人びとが現実を直視していないというところだった。人は幻想によって生きているのだなあとあらためて深く思った。

あるところで、その本の話をしていたら、そんな食事をしていたらよくないの、食事はみんなでしなけりゃいけないの、と言い出した人がいたので、ハイハイそのとおりですねとでも言っておけばよかったのだが、いやそういうことではなくて、今の日本の食卓はそうなっているということなんですよ、と言ったものだから、もうそんな人とは話はできないなどとわけのわからないことを言われて、なんだかおかしな人に話をしてしまったなあ、話をするときにはちゃんと人を選んで話をしなけりゃいけないなあと、つくづく思ったしだいだった。

それにしても、こういうわけのわからない人というのはこのところとんとお目にかからないが、むかしは結構あったよなあと思ったら、なんのことはない自分の母親だった。母親にはいつも気を許していろいろ話をしていると、どっかで突然テト攻勢に出てくるというのか、わけのわからないことを言い出して、理屈では話にならないので、もう二度と油断しないぞとその時は深く心に刻むのだが、しばらく経つと忘れてしまって、心を許してしまい、またやられるという繰り返しだった(ちなみにテト攻勢というのは、ベトナム戦争で使われた言葉だが、こういう言葉が自然に出てくるところが、憎いというか悲しいというか)。

このところテト攻勢とも遠ざかっていたので、すっかり忘れてしまっていたが、ああ、あれだあれだ。思い出したら、ぶるぶるぶる。普通の家族がいちばん怖いって、ほんとだなあと妙なところで納得したのだった。