コラム

ラジオのある風景

2020年6月22日

 

食い物の恨みは怖いといっても、現代の私たちにはなかなかピンと来ない。今は飽食の時代で、食べ物にあふれ、大量の食品ロスをどうするかの方がむしろ問題になっている。しかし日本でも、戦争末期から終戦後にかけて、食糧が枯渇し、人々が絶えず腹をすかしていた日々がある。

 

その頃、歌舞伎役者、十二代目片岡仁左衛門の屋敷には主人一家の他に、座付き作者見習いの男(22歳)とその妹(12歳)が使用人として住み込んでいた。主人一家と使用人とは食事は別々にすることになっていて、主人一家は三食おかず付きの食事だったが、使用人は二食で、朝は水のような雑炊、夜は飯だけが与えられた。近所の人が見かねて食べさせてくれたこともあったが、夫人に外聞が悪いと叱られた。使用人の男は、主人一家に強い怨恨をつのらせていった。

 

事件は、昭和21年3月16日に起きた。戦争が終わってまだ1年と経っていない。使用人の男は薪割り用の斧で、妹を含む一家五人を殺害したのである。男は犯行後、台所にあった米飯とザラメをむさぼり食っていた。この事件で、「食い物の恨みはこわい」という言葉が流行語になったのだという。

 

テレビをつけると、どのチャンネルも芸能人村や芸人村の内輪話ばかりで辟易する。NHKの朝の連続ドラマや大河ドラマも、ドラマの作り方を忘れてしまったみたいに奇をてらってばかりで、興ざめもいいところだ。テレビはもう終わったコンテンツ、オワコンだと、ラジオをつけたら、小説の朗読をやっていて耳を洗われたような清々しい気持ちになった。

 

ラジオのある風景といえば、ウディ・アレンの映画『ラジオ・デイズ』。その中の忘れられないエピソードを一つ。

 

暗くなるのを待って、ある家に二人組の泥棒が忍び込む。そこへ突然電話がかかってくる。泥棒の一人があわてて受話器をつかんでしまった。ラジオの曲名当てクイズだという。音楽好きの泥棒が答えると、正解。2曲目がかかる。正解。三曲目も正解。全問正解で、泥棒に盗まれたのは50ドルだったが、翌日、その家にはトラック満載の豪華賞品が届いて住人の夫妻を驚かせた。